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岩国市史 沼・干潟・川跡・遠浅海の開墾
岩国市 昭和32年(1957年)6月 発行(非売品)
発起人 第三代岩国市長 津田弥吉
発行者 当時の岩国市長 土肥京一
編集者 瀬川秀雄(文学博士)、桂、村上、香川
概要
吉川広家が周防岩国で開府した慶長5年(1600年)の検見帳によると周防の禄高は3万石であったが、 20年後の寛永年間の熊野帳では6万石になっている。領国の拡張は無いので未利用地の開墾である。 吉川家家臣の家禄は平均20石で約1500名に支給されていたので20年後にやっと余裕が出てきた。 更に、岩国川川尻、柳井などで大規模な海面干拓事業を行い、岩国地区で見ると開府当時3200石であり、 熊野帳では7200石になり、藩制末期には16000石に増加した。 その結果、幕末には米作で8万石、塩田・和紙の販売を加えて実質12万石と豊かな土地になった。
参考文献
岩国市史
岩国徴古館 岩国市史編纂所 編集岩国市 昭和32年(1957年)6月 発行(非売品)
発起人 第三代岩国市長 津田弥吉
発行者 当時の岩国市長 土肥京一
編集者 瀬川秀雄(文学博士)、桂、村上、香川
注 岩国市史は現在でも岩国徴古館 岩国市史編纂所が編集・発行している。参考にした岩国市史は昭和32年発行のもので、
岩国市の歴史は「岩国市史」以上に詳しいものはない。
本出版物は行政機関が編集したもので、岩国市の礎を築いた吉川家の歴史や行政を後世に伝えており、岩国市民への
公告の意味があり、また著作権の記載がなく非売品である。発効日から50年を経過しており原文を掲示します
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