2006年に世界遺産登録されたピスカヤ橋
講師 エミシュラン・コット氏 仏、イコモス評議委員
岩国市役所主催 錦帯橋国際シンポジウム 、2008年1月27日 岩国観光ホテル
岩国市役所配布(2008年)、岩国中央図書館所蔵
(1~20頁) その2
第一部 基調講演②
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タイトル
自己紹介
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約40年前から現在まで世界遺産はおよそ800件あり、世界遺産になった橋には理由があります。5つの例を示す
(1)ローマ時代の建築物の集大成:フランスのガール石橋
(2)産業革命はじまりの象徴:イギリスのアイアンブリッジ(鉄橋)
(3)オスマントルコ最盛期の象徴:ボスニアのドリナ橋
(4)キリスト教徒とイスラム教徒和解の象徴:ボスニアのモスタール橋
(5)都市の風景:パリ・セーヌ川に架かる橋
本日発表するピスカヤ橋は技術の発展という観点から評価されている
1 19世紀中の考案整備に関する問題
1.1 パスク地方の位置
橋のあるピルパオはスペインとフランスの国境付近のピレネー山脈の近くの山岳地帯であるため平地は狭く、河川長は短い
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1.2 ピルパオはイバイザベル川河口に位置し、ピスカヤ橋は満潮時に水位が最大になる場所に建設された。
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この地域は山に囲まれているため海岸から川沿いの10~12kmが居住地と都市、産業用地です。
1.3 ピルパオ港
周辺の山には良質の鉄鉱石が豊富で、これの輸出と石炭の輸入、製鉄業が盛んになり重要な港湾地区になった。
しかし、1970年代重工業の衰退と鉄鉱石の枯渇で活気が失われ、ピスカヤ橋だけが当時を知る証人になった。
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イバイザベル川河口の左岸側の旧市街は山の斜面に位置するため、利用可能な土地が少なく人口増加も限定されています。
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左岸の旧市街地と右岸の市街地を結ぶ橋が必要になったが、大型船舶が通行可能な橋梁の建築は不可能に思えた
1880年代、アルフレッド・デ・パラジオが運搬橋という解決策を提案した。
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ピスカヤ橋左岸の旧市街には銀行・ホテルなど様々なインフラが整備され、ピスカヤ橋が市街地の中心になった
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2. 橋そのものに対する評価、技術的挑戦について
2.1 建築家と施工会社:アルフレッド・デ・パラジオとアルノダン社
鉄橋の設計・構造計算・基礎工事・ケーブル・動力供給等が必要であったが、当時のスペインにはその技術が無くフランスの
アルノダン社と提携した。
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ピスカヤ橋を上から見た図面と、平面図、側面図です。この橋には当時最先端の技術であるトラス桁と鉄リベットの2つが採用された。
トラス桁の高さを船舶の運航に支障がない45mの高さにするため、鉄塔は75mになった。
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ピスカヤ橋は、設計・施工に1888年から1893年の6年間かかった。
2.3 運搬橋の特徴:ゴンドラ
両岸を移動する方法はゴンドラである。このゴンドラはトラス桁を移動する可動部にケーブルで吊られており、動力供給方法は
何度も変更されている
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2.4海上交通のため高い桁下と長いスパン
大型船舶が河口にあるピスカヤ橋の下を通過する写真である。この写真こそ狭い河口に造られたピスカヤ橋の特徴を表現している。
この橋を実現するため、川沿いの建築物を揃え、かつ橋が架かった地点で川沿いの道路の連続性を確保している。
さらに橋脚は出来るだけ内側に設置されていて、橋脚はを支える4本の柱は細い。
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3. 世界遺産へ向けて:ピスカヤ橋の真実性と完全性
3.1 橋脚の内部構造、現代的な利用における造形的な価値
計算により最適な構成である鉄構造はエレガントで堅牢さを持っている。構造的に不要な部材が無いことで技術デザインの美観を強調している
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3.2 ケーブルとアンカー:構造の完全性と真実性の管理
真実性を守るため当時のケーブルを使うことは危険です。
ケーブルアンカーは修理していますが、当時使用したケーブルの形状、寸法、構造において同一であり完全性を失っていません。
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3.3 吊り桁の完全性と真実性、町の景観の特徴
橋の全体的なデザインは、今日まで保たれている。
桁を支える部分は高いところにあり、この部分が橋の概観を決定付けており世界遺産としての価値になっている。
ピスカヤ橋の橋脚は創建時のまま使っているが、トラス桁は1937年のスペイン内戦で破壊され復元しました。
外見は創建時のままです。
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3.4 完全性と真実性に対する評価の難しさ:ゴンドラの進化
ピスカヤ橋の建設以来、ゴンドラには大きな変化が加えられています。元々は鉄の板に柵を取り付けたものだったが、
居住性を配慮して2つの客室はパノラマ窓を備え、アルミで軽量化を図り、風速に堪える形状に変化した。
材料や形、色には真実性はありません。しかし、利用者の増加に対応するため安全性確保と定期点検は、昔どおり行っている
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3.5 技術の変更:ゴンドラの動力
動力は時代と共に変化した。
1890年:川岸にコンプレッサを置き、圧縮空気を送る方法
1893年:蒸気エンジンを橋脚の中に置く
1894年~:蒸気エンジンを川岸に置き発電した電力で駆動する方法
1939年~:電気設備が直流から交流電源に変更された
1997年~:桁の上にある台車に独立したモーターを取り付け、電力供給用のレールがもうけられた
ピスカヤ橋の完全性と真実性
1)構造デザインの完全性
2)橋の機能そのものの完全性
3)社会利用の完全性
4)真実性:ゴンドラと動力源の変更は包括的な技術革新であり、オリジナルの構造と材料を尊重しているので真実性の枠に納まっている
5)橋のマネジメント:通行料で采井されている
ピスカヤ橋は橋本来の意味と技術が尊重された生きてる遺産である。
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4. 今日の橋梁マネージメント
4.1 利用頻度の高い橋:年間600万人の歩行者と50万台の車両
40人の正社員、その内30名が維持管理技術者の運営会社があり、通行料で運営している
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4.2 交通管理:橋の上と下の連絡は手旗信号から電波へ
外見上に変化はないが、ゴンドラの制御、港湾庁との連絡などは近代的なシステムで行っている。
真実性はないが、橋の完全性を維持することや遺産の管理に必要である
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5 文化的ランドマーク
5.1 河口の橋と美術館
橋脚内のエレベータで桁部分まで登ることができます。鉄の文化を体験し、河口にある産業遺産、港、市街地を眺めることが出来ます。
来訪者は2006年で6万人で世界遺産登録されてからは増加している。
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6 結論:世界遺産としてのビスカヤ橋
世界遺産としての評価基準
この種の運搬橋は世界中の河口付近の町で起きる問題であり、世界中で建設されたが第一次世界大戦、第二次世界大戦で殆ど破壊された
基準(ⅰ)「人類の創造敵才能を表現する傑作である」
19世紀の地域マネージメントが持つ問題、つまり河口の両サイドにある新旧市外を結びたいが、産業革命で鉄鉱石の輸出・石炭の輸入で
大型船舶が川の上流まで入る必要があり、橋桁下を高くする必要がある。これを新しいコンセプト、つまり桁を高くゴンドラを吊る事で
大型船舶の通過とゴンドラの移動を解決できる。
基準(ⅱ)「ある期間を通じてまたはある文化圏において建築、技術、記念碑的芸術、都市計画、景観デザインの発展に監視、人類の価値の重要な交流を示すもの」
ヨーロッパの産業革命で鉄鉱石輸出港として主要な交流実績がある
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